えいみーみちひらく

キャリア、仕事、育児での気づき、モヤモヤをお届け

評論家はやめてね。手を動かそう、手を。

おはようございます。昨日の夕方は、風がカラッとしていてとても気持ちがよかったですね。こういうときは、始業を1時間早めて、帰宅を1時間早くできると、夕方の気持ちよく過ごせる時間がもう少し楽しめるような気がします。

自分自身がモヤモヤしている気持ちを抱えている状況を吐き出している状態です。こういう記事に出会い「自分と同じ状況の人がいる」という、はげまされるようなものになっていったらなと思い、書き続けています。

 

私は仕事において、コメントだけする方は苦手です。

「手を動かして、手を」と、言葉にしていなくても、オーラに出ていると思います。

その職位によっては、職位の上の方が手を動かしてしまうと下の方がそれはそれで苦労してしまうので、会社におけるポジションにもよりますが、課長以下ぐらいであれば、手を動かせて、フットワークが軽い、が大事。

 

でも、一部の人は、自分の仕事の状態を顧みることなく、「僭越ですが…」という前置きの後にコメントを頂きます。「コメントするくらいなら、まず、最初のドラフトを作ってほしい」が本音。最初のドラフトが1か月待っても出てこないから、締め切りが近づき、手を動かす私。

これまでずっとこの状況が続いていました。

なぜなら、「できませんでした」と言われることを幾度と直面しているから。

「できませんでした、って仕事なのに、あるの?(なんとかやりきるよね)」とちゃぶだいひっくり返したくなるような気持ちなのですが、それをグーっとこらえて、黙々とフォロー。

以前の上司は私がこのようなフォローをしていることを知っている方でした。「マルチタスクをこなせるようなる必要がある」ことを指導していました。よって、私自身の気持ちも落ち着いていられたのだと思います。

が、今は違います。「できなくても、大丈夫です、あなたは頑張っています」としかされていない(何とかしてノルマを達成しろ、というプレッシャーが行き過ぎることが問題になるのは別にして、そもそもノルマもなく、そういう職場でもない)。本人には居心地がいいですよね。でも、周囲の人のモラルは下げるような気がします。

 

私は転職に伴い、自分が主担当ではない仕事に対し、手を動かすことをやめました。最初のドラフトは、作りません。後輩は、ほかの仕事をしていて、やはりずっと資料が作られない状態が続いていました。が、一つの仕事にめどがついたので、締め切り直前で動き出しました。時間が限られているので、クオリティを上げるためのことはできそうもないですが、でも手を動かしだしました。この状態を見て、自分自身の仕事の仕方がわるかったのね、私が、手を動かさなかったらよかったのね、と。

 

今の職場に異動してきて5年以上。自分が知っているが故の弊害があるよね、と思います。今回の転という変化もたらすことで、組織にいい変化を与えられるのかもしれない。組織も仕事内容の見直し、後輩たちの仕事の仕方が変わるのを直に見て感じています。

 

みなさんは、どう思いますか?

こういう事象がなかったら、業務を見直せない組織を残念に感じるかもしれないですが、日常に追われると、どうしてもその延長戦の仕事になりますよね。

これも恩返しの一部になっているのかな?と思いつつ、会社には自分が今できる恩返しをしていきます